11.私の志集
(Written on 05年8月1日)
その人は毎夜、新宿西口小田急百貨店前の歩行者デッキ下の丸柱を背に立っています。もう二十年以上も前から、寒い日も暑い日もただじーっと立ち続けています(日曜は除く)。首から「私の志集 三○○円」と書いた看板をぶら下げて、足元に黒いカバンを置いて、質素な身なりで立ち続けています。ちょっと見ただけだと、おかしな人みたいでひいてしまいますが、お待ちください。あの、まっすぐに前を見つめる澄んだまなざしには、只事ではない真剣なオーラが感じられるではありませんか。
こんな時にインターネットである程度の事が調べられるので、便利な世の中です。
あの人は冬子さんと言うのだそうですが、’04年11月の段階で彼女は43歳、そして旦那さんは80歳です!(ひゃー!!) 二人は詩人です。冬子さんはオバケのようにずっと前から変わりません。可愛らしい顔で20代前半にしか見えません。時には酔っ払いにからまれることもあるでしょう。心無い言葉を投げかけられることもあるでしょう。そんな俗世間の人波の真っ只中に、夏でも冬でも修行僧のように、純粋な瞳で立ち続けるあの人を見るたびに、深い、ある種の崇高さに胸打たれます。
しかし20数年間、あの「志集」には何が書いてあるんだろう、買ってみたい、と思いながらどうしても勇気が出ませんでした。だって、周囲の人の目が・・・(しかも酔った時に買っては申し訳ない感じだし)。
でも先日、勇気を振り絞って「志集を一部ください」と、百円玉3つを渡し、ついに手に入れたのです!
「志集34号 無い詩 / 日疋 信 冬子」とあり、B6版20ページ・わら半紙のような紙に、手書き&コピーで、数編の哲学的な詩が記されていました。巻頭には「詩は志であらねばならない」との宣言がありました。内容は・・・まあ、割と普通でした。やっぱりあの人(たち)は、行動と存在こそが感動的にパワフルな芸術活動なのでしょう。
願わくは皆さんも今度、勇気を出して一冊求められんことを。
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