白い天使
22日の「小説家・大江戸」で取り上げたショートストーリーですが、WEB上では3日間で消滅しております。巷の「見逃した」「もう一度」という声にお答えして、テキストベースですが本欄に載せることにしました。 ちょっと時期遅れですが、お楽しみください。
<2006 Christmas short story by Oedo Tokio>
白 い 天 使
ぼくはクリスマスが好きじゃない。
ぼくの家はお寺。江戸時代からあるらしいんだけど、ぼくのお父さんはそこの住職。住職って言ってもそんなに特別な暮らしをしてるわけじゃないんだよ。ラーメンだってハンバーガーだって食べるし、テレビで野球やお笑いだって見てるし、頭だって剃ってるんじゃなくてサラリーマンみたいな髪型なんだ。だからぼくはお寺の子供に生まれたことがいやだって言うんじゃない。
でもクリスマスの時だけは、ちょっと参っちゃう。お寺ってクリスマス、ダメなんだよね。わかるでしょ。だけどお父さんもお母さんもさすがにかわいそうって思ってくれてるみたいで、プレゼントはくれるし、ケーキなんかもちゃんと食べるんだよ。意外? でも「そっとやってます」って感じで・・・「ほんとはダメなんだけど、ナイショだよ」って感じで、なんか悪いことしてるみたい。ツリーとか飾ったり、友だちの家みたいにベランダに豆電球ピカピカなんて、絶対ダメ。なんかつまんないんだよね。それに11歳ともなるといろいろ考えちゃうんだ、これからのこと。ぼくもお坊さんになって、お寺を継がなきゃいけないのかなあとか、お坊さんじゃあんまり女の子にもてそうもないよなあとか。そもそも僕はちゃんと結婚できるんだろうかとか。その前に中学や高校で、坊主の息子だっていじめられるんじゃないかとかね。クリスマスになるとどうも暗くなって、そんなことばかり考えちゃう。
さてさて今日は12月24日、クリスマスイヴの日だ。でもうちはいつもどおり線香くさいし、お経が聞こえてくる。家にいてもつまんないんで、駅前のショッピングセンターに行くことにした。ここは去年できたんだけど、キレイで広々としてて、いろんなお店が入ってて、ぼくのお気に入りの場所だ。ぶらぶらしてるだけで、けっこう楽しかったりする。 でも今日は違った。ショッピングセンターの中庭には大きなクリスマスツリーがあって、周りのお店もクリスマスの飾り付けやライトでピカピカキラキラだった。クリスマスソングも流れてる。そんなのを見てるうちに、ぼくの悲しい気分はどんどん大きくなっていった。世界はこんなに楽しそうに輝いてるのに、なんでぼくんちにはお経が聞こえていて、線香くさいんだろう。なんでぼくんちはお寺なんだろう。
植え込みの手すりに腰かけてそんなことを考えていた時、げんこつが頭にゴツンと・・・。「イタッ!」いや、何かが落ちてきたんだ。頭でワンバウンドして、ぼくの太ももに着地したのはケータイだった。
「ごめんなさい!今、そこに行くから!」
女の人の声が上から聞こえてきた。頭をなでてみると、特に何ともないようだった。坊主の子だけどぼくの髪の毛はボリュームがあるんで、クッションになったみたいだ。 しばらくして、白いコートを着た20代ぐらいのキレイな女の人が走ってきた。
「ごめんなさい。大丈夫だった?ケガはない?」
「はい。大丈夫です。これ、ケータイ。」と手渡すと、
「ありがとう。ほんとにごめんなさいね。荷物を整理しながら電話かけようとしたら、手がすべっちゃって。」
その人の両手はクリスマスの絵のついた大きな袋やらクリスマスケーキの箱やらでいっぱいだった。お姉さんはケータイをチェックして、安心したように言った。
「よかった。異常なし。 どうもありがとう。このあと大事な待ち合わせしてたから、ケータイが壊れたら大変だったんだ。」
って言って、自分のコートのえりから赤いバッジをはずして、ぼくのジャンパーの胸につけてくれた。
「こんなのしかないんだけど・・・でも、なかなか似合ってるよ。ほんとにごめんね。でもおかげでケータイ助かっちゃった。ありがとね。それと・・・メリー・クリスマス!」
お姉さんはバイバイって手をふって行っちゃった。ぼくは自分の胸を見た。赤いモミの木の前で白い天使みたいなのが踊っている絵のバッジだ。バッジのてっぺんについているガラスが宝石みたいにキラリと光った。
「うちに帰ろう。」
顔を上げて背伸びをすると、バッジのガラスが夜空に反射してキラリと、それがスーッと動いて・・・? いや、そうじゃない。本物の流れ星だ! 流れ星はあっという間に、西の空に消えて行った。行き着く先はどこなんだろう? ここから見るとお釈迦様の生まれたインドの方角みたいに思えるし、キリストさんの生まれ故郷もあっちの方じゃないのかな。別の神様たちもみんな同じ、仲良くあっちの空の向こうなんだって気がする。このバッジの天使もあの流れ星の向こうにいるのかな。 帰り道に見る街のあかりはステキに輝いていた。
ぼくはクリスマスがけっこう好きかも知れない。
(了)
| 固定リンク
コメント