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2008年7月27日 (日)

「ハプニング」にヒッチコックを思う

M・ナイト・シャマラン監督の新作「ハプニング」、やはり公開初日に観てしまいました。どうも、ネタバレを恐れる心理がそうさせるのか、この監督の作品は公開初日か2日目に観てしまうことがほとんどです。 前作「レディ・イン・ザ・ウォーター」のあんまりな出来にズッコケただけに、今回は予告編から期待したわけですが、かなり楽しませてくれました。 冒頭すぐに異様なハプニングが次々と発生します(その描写の素晴らしさ)。そして、その恐怖がどんどん広がっていき、息苦しい絶望に変わっていく怖さ。謎とサスペンスの純度の高さ。シャマランがヒッチコック・ファンだということが、今までで一番わかるように思えました。描写力の確かさも、最近の監督の中では、やはり貴重です。

そして、シャマランといえば、「愛」! 今回も、クライマックスの愛の行動の崇高さと感動は、傑作「ヴィレッジ」に迫るものがありました。 (以下ネタバレ注意)だがしかし、ここまで見事な緊迫感で引っ張ってくれたのに、その後が「アレッ?」ってなったのも正直なところ。クライマックス、これで終わりかい?結局、謎は解明されないのかい?そして、最後の展開も「だから何?」って感じでした。 うーん、ちょっと歯痒い。面白かったのに残念。ま、「鳥」をはじめヒッチコックの諸作も、「十分楽しませたから最後はどうでもいいや」的ないいかげんさはありますもんね。

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» ハプニング◆絵空事でない滅びの暗示 [好きな映画だけ見ていたい]
     「ハプニング」 (2008年・アメリカ) 公式サイトで配布されている「ハプニング」のブログパーツにはほんとうに驚かされたが、映画本編で起きるさまざまな現象は、「シックスセンス」以来のシャマラン監督のお家芸としては、さほどのインパクトは感じなかった。かといって試写会評などで囁かれているような、期待を裏切る失敗作とも思えない。どこまでもありのままに、(語弊があるかもしれないが)適度に心地よく展開していく流れは、この世の常ならぬありさまを映し出しているようで、むしろ好感すらおぼえた。なぜなら... [続きを読む]

受信: 2008年7月29日 (火) 18時06分

» ハプニング 予告編での「?」のまま置き去りに・・・ [労組書記長社労士のブログ]
【27 -14-】  この映画{/m_0058/}予告編を見るたんびに、 「全米からミツバチが居なくなるのと、とつぜん停止した人がバタバタと倒れていく場面と、そして額を打ち抜かれた警察官と・・・いったいどう繋がっているのか?」 「そんな現象を巻き起こす驚異っていったいぜんたいどんなものなんだ?」 「その驚異というものは感情移入できるような説得力のあるものなのか?」 「そしてあんな無力そうな親子連れがその驚異に立ち向かうことが出来るのか」 「で、それをたった91分の上映時間で、ちゃんと落とせるのか?... [続きを読む]

受信: 2008年7月30日 (水) 10時53分

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