トナカイの奇跡
昨年12月25日の『クリスマスの物語をプレゼント』で取り上げたショートストーリーですが、WEB上では1日限定で消滅しております。巷の「見逃した」「もう一度」という声にお答えして、テキストベースですが本欄に載せることにしました。 ちょっと時期遅れですが、お楽しみください。
<2008 Christmas Short Story by Oedo Tokio>
トナカイの奇跡
クリスマス・イヴまで仕事だなんて、まったくなんてことだ。あたしのように夜の9時過ぎまでケーキを売ってる人間がいるおかげで、みんなだって楽しいイヴが過ごせるわけなのに、その分の「見返り」ってもんがないのは、どういうことなんだろう。くたくたになったあたしが家にたどり着いたのは夜11時近く。暖房とテレビのスイッチを入れて、部屋着に着替えて、メイクを落として、ようやくビールだ。イヴだけどビールだ。そしてイヴだからフライドチキンだ。ああ、疲れきった細胞にビールが染み渡っていくのが心地良い。食べ終わって「ふう」と落ち着いた時、ドアにノックの音。ドアスコープから覗くと、そこにいたのはトナカイだった。意表を突かれたあたしは、思わずドアを開けてしまった。
「メリー・クリスマス! こんばんは、トナカイです。ケーキをごちそうになりに来ました。」 え?! なんでトナカイ? なんで日本語? なんでケーキ? 「いいんです。あなたは選ばれた人なんだから。ま、くじに当たったようなものだけど。あるでしょ、ケーキ?一人じゃ食べきれないでしょ。」 確かにその通りだ。でもトナカイごときにそう言われるのもシャクだ。なにしろ今日の帰り際に、「頑張ってくれたごほうびだよ」って店長さんがくれた4人家族用のクリスマスケーキの箱がテーブルに乗っているのだけど、あたし一人でいったいどうすればいいって言うのか。そもそも、内気なこのあたしが大好きな『店長さん』(32歳・独身・まずまずイケメン)はニブイんだかポーカーフェイスなんだか、まったくのところあたしに気があるのかないのかわかんない、わかんなすぎる・・・などと思ってる間にずうずうしく上がりこんだトナカイは、ケーキの箱を鼻でつついている。 「あー、わかったわかった。あたしがやるから。」 丸いケーキの12時から2時ぐらいの分量を自分用に切り分けて、あとはトナカイにくれてやった。
「ふー、おいしかった。ごちそうさま。 ところでクリスマス・プレゼントは何がいいですか?」 ふーん、何かくれるんだ。でもビール一缶ぐらいの酔いじゃあ「店長さんの愛♡」・・・だなんて、こんな見ず知らずのトナカイに言えるわけない!それに、そんな「恩返し」的な申し出を、どこまで信じていいのやら。相手は鶴や亀やお地蔵さんじゃないんだから。だからって「戦争の無い世界!」なんて口走ってしまったあたしもあたしだ。まったくどうかしてる。トナカイはきょとんとして、「ホントにそれでいいの?」と尋ねた。「もちろん! それともダメなの? やっぱりできないの?」「いやいや、今までそういうのって無かったから・・・。 うん、いい! とてもいいよ。愛がある。」そしてトナカイはドアの向こうに消えて行った。
* * *
<30年後>
戦争ってものが本や映画の中だけの『ヒストリー』になって、もう四半世紀以上になる。もちろんそれで世界中の不幸が無くなったわけじゃないけど、あたしとしてはけっこう満足している。あのトナカイは、見かけによらずグレートだった。でも本当にグレートなのは、「戦争の無い世界」って言ったこのあたしだ。ノーベル平和賞を10個ぐらいもらってもいいはずだ。あたしの果たした役割を証明できれば、だけど。
今年もクリスマスがやって来た。夫(62歳・元店長・まだそれなりにイケメン=古語)は、立体映像のバーチャル・ツリーの横で、まだハイハイ歩きの初孫と遊んでる。この子のところにも、いつかあのトナカイが尋ねて来たりしないかな。その時のためにも、あの話だけはしておいてやりたい。まあ、信じてもらえないかも知れないけど・・・。 ドアにかけた古典的なクリスマス・リースにはトナカイのオーナメントとヒイラギの飾り。その赤い実がハートのように輝いて見えた。 (了)
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