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2012年7月 8日 (日)

「乱れる」:突き放すエンディング

Nagareru1

銀座シネパトスの成瀬巳喜男特集で1964年作品『乱れる』を鑑賞。成瀬晩年の作品ではありますが、やはり鬼気迫る凄みを持っています。

前半はスーパーマーケットの進出により経営が傾きかけている小売商店(乾物も扱っている酒屋)と、そこを切り盛りしている高峰秀子と、その義弟の加山雄三を中心とした描写。ちょっと社会性が入ってるけど、平凡な市井のドラマといった趣きです。平凡と言っても、絵作りとか人のさばき方とかが、実に手だれの名人芸なんですけどね。役者たちもいつもながらに達者ですし(加山だけは、なんか違和感があるのですが、それはそういう計算があってのことでして・・・)。

ところが中盤以降、物語は思いもかけない方向へ転がっていきます。

(以下ネタバレあり) なななんと、加山が11歳年上の義姉(高峰)に愛の告白! そこから高峰の困惑と煩悶の日々が続きます(心が「乱れる」わけですね)。そして終盤の汽車での東北行は、結果的に「道行(みちゆき)」となっています。 満員の汽車で隔たっていた二人の距離が、徐々に詰まっていくあたりの見事さ。その後の義姉の涙と、ある決意の言葉。それでも埋められなかった二人の心のギャップ。それは高峰の台詞にあったように、二人の「生きてきた時代が違う」からなのか、それとも男と女の決定的な差なのか・・・、いずれにしても現代のように年齢差(特に女性が上の場合)に対して寛容な時代ではなかったことも十分斟酌しなくてはいけません。 

そしてあまりにも唐突な、驚愕のエンディング。この突き放し方には、「え??」と唖然茫然としてしまいます。でも、この冷たさ、厳しさこそが、「大人の映画」の深みであり、空恐ろしいものを感じます。高峰秀子のクロースアップに、色々なことを考えずにはいられません。 やはり成瀬の秀作を観た後は、唸らずにはいられないのです。

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