「桜並木の満開の下に」:丁寧で真摯な上質の映画表現
映画『桜並木の満開の下に』(タイトルからは『桜の森の満開の下』を連想してしまいますね)が思わぬ(と言っては失礼ですが)秀作でした。 舩橋淳監督の丁寧で、真摯な映画作りへの姿勢が感じられます。
(以下全面的にネタバレあり) きっと成瀬巳喜男の遺作『乱れ雲』を下敷きにしているのでしょう。事故で夫を殺してしまった加害者の男と、夫を喪った妻の禁断の愛。でも『乱れ雲』は成瀬だから観ていられるものの、小生にとっては加山雄三の悪びれないずうずうしさが噴飯ものでしたし、なんでこんな男に司葉子の未亡人が・・・というあたりが嘘っぽく感じられたものです。ところが本作は、二人の「拒絶から愛へ」の流れを少しづつ丁寧に描いていますし、三浦貴大の誠意溢れる人物像やその行動によって、非常に納得のいく展開となっています。
納得のいく展開は怒涛の終盤の展開に至るも持続していて、事故に遭遇して女が夫の事故を思い出して決定的にうろたえるあたりが、これまた『乱れ雲』なんです。でもやはり『乱れ雲』以上にリアルで、切ない展開となっています。
それにしても工場をやめた三浦を臼田あさ美が待っていて、彼女が手を引っ張っていくところを仲間たちに見られ、でも意を決してそのまま歩いて行くあたりの映画的ダイナミズムときたら! そして二人で迎えた旅館の朝、臼田が三浦の足をなでるあたり・・・これぞ上質の映画的表現です。
終盤に出てくる夜の桜並木も、見事に効いています。思い千々に乱れながら臼田が歩く頭上の満開の桜の妖しい美しさ。やはり「死体が埋まっている」感覚が出ていますし、それが人を狂わせもするのでしょう。これも「納得の描写」の一つです。
茨城県日立市の海辺の映像が印象的です。空が妖しい紅に染まったロングショットとか、波がうねる望遠ショットとか、人物の心情をも表して、これまた見事です。 映画全体の映像ルックも、(照明の足りなさを逆手に取ったのかと思うほど)暗めで静謐な感覚。3.11後の不安感や無力感を滲ませて、物語にマッチしています。
本作ではとにかく臼田あさ美が頑張りました。これまではそれほどシリアスな演技力を要求されるような役は(たぶん)やって来なかった彼女ですが、ここでは大げさにならぬナチュラルな芝居の中で、この主人公の心の揺れ、乱れ、物狂い、決意などを過不足なく表現しています。 富士山型の上唇と厚めの下唇がいつも少し開いている彼女の口、とても印象的でした。
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