「孤独な天使たち」:ベルトルッチの瑞々しさ
映画『孤独な天使たち』は、ベルトルッチ10年ぶりの作品。これがまあ「若書き」のような瑞々しさに溢れているってのが、映画の不思議です。
隔絶された地下室での少年と少女の濃密な時・・・って言うと、若年版『ラスト・タンゴ・イン・パリ』みたいなんですけど、同じベルトルッチでもこちらは全く性的なものを排除したかのような世界。この14歳の少年は中学生円山少年とは違って、あるいは『魅せられて』や『ドリーマーズ』とも違って、妄想も行動も一切起こしません。まあ、腹違いの姉とはいえ、イタリア人としては不自然なほど。まあ、だから「引きこもり」君なのかも知れませんけど。
だがしかし、これで映画を成り立たせちゃうあたりはもう名人芸の世界でして、面白いのです。ぐいぐい引き込まれるのです。無鉄砲な姉が先導して、家に忍び込むあたりのサスペンスとか、ダンス場面の情感とか、ラストの雰囲気とか・・・うまいなあ、映画だなあ。
(以下ややネタバレあり) 結局何も起こらないような物語ではあります。でも、ラストのストップモーション(も久々に見たなあ)の効果とか、そこに固着された少年のポジティブな表情(いわゆる「いい顔」になったってやつ)とかは、やっぱりベルトルッチが手だれの映画監督だということを証明して余りあるものであります。
ダンス場面に使われたディヴィッド・ボウイのイタリア語版『スペース・オディティ』、これもいいんだなあ。しみるんだなあ。
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