「はじまりのみち」:本物の映画
映画『はじまりのみち』は、名匠木下恵介の若き日のエピソードを描く小さな秀作。いくつもの名作アニメを生んできた原恵一監督の実写版第1作で、想像以上に面白く、良く出来ていました。オールドファッションではあるけれど、まさに「本物の映画」なのです。
兄とリヤカーを引いて困難な山越えを行い、母を疎開させるエピソードに絞り込んだ上で、巧みに木下恵介と映画の話に持っていく脚本が素晴らしく、それ以上に演出が古典的な映画のありようを堂々と示していてあっぱれ。構図が、カットの長さやつながりが、そこでの芝居が、実に「映画」らしいんです。アニメも実写も関係なく、やっぱり映画監督ってのは「センス」なんだってことを痛感します。きっちりした演出力が感じられるのです。
田中裕子がもう助演女優賞総ナメを予感させる素晴らしさ。加瀬亮が彼女(母親)の顔についた泥を拭いてあげる場面では、彼女の(無表情な)顔で厳粛さと感動を醸し出して場面を成立させてしまうのですから、大したものです。 加瀬の兄を演じるユースケ・サンタマリアも、いつもとは違って抑制の効いた演技でいい味。
ラストに時系列で、木下作品のフッテージがかなり長いこと使われています(全作品ではありません)。音声はなしで音楽をかぶせてなのですが、その最後の『新・喜びも悲しも幾年月』における大原麗子(母親)が海上自衛隊観閲式で船上の息子を見て、「戦争に行く船じゃなくて良かった」というシーンだけ台詞が聞こえて、胸に迫りました。このコンテクストでこうして『陸軍』との対比で見せられると、そこに木下恵介の人生までもが浮かび上がって来るのです。 てなわけで、何か所も落涙しました。終盤はかなり釣瓶打ちで泣かせます。どうせ泣かせるのなら、死病ものなんかじゃなくて、こういう風に泣かせていただきたいものです。
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