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2013年10月21日 (月)

天野祐吉さん逝去

広告評論家の天野祐吉さんが80歳で亡くなりました。『広告批評』、いい雑誌でしたね。あの雑誌で評価されたり、年間ベストテンに入ったりしたおかげで、社内的には苦しい立場にあった広告担当者やクリエイターが救われたなんてことが、いくつもいくつもあったのではないでしょうか。

ことほど左様に、広告の芸術的側面、文化的価値と言うものを、広く世に知らしめた人でした。それ以前は、広告を「作品」として評価しようなんて発想自体がなかったわけですから。まあ『広告批評』自体が'79年の創刊ってことで、1980年代という日本の広告が最も元気で、最も質の高かった時代と歩みを同じくしたってことが大きかったと思います。時代と並走した雑誌でしたし、2000年代以降広告が元気なくなってからは、当然のように部数も落ち込んだわけです。

天野さんは朝日新聞のコラムによく表れているように、すっごいリベラリストでした。政権や戦争や憲法改定や原発や男尊女卑に対して、常にユーモアまぶしの刃で斬りつけていました。リベラル派の大江戸としても、時として「さすがにそこまではちょっと・・・」というほどの極端さもありましたが、終始ぶれずに平和を愛し、市井の人々を愛していたように思います。

最近の朝日のコラムでも以下のように記していました。

・・・ これは前にも言ったが、むかしの中国では、品評会などでの入選順位を、1等・2等・3等……ではなく、1品・2品・3品……と呼んだそうな。で、その審査のモノサシでははかれないが、すぐれて個性的なものを「別品」と呼んで評価したという。
 別品。いいねえ。世界で1位とか2位とか、何かにつけてそんな順位を競い合う野暮(やぼ)な国よりも、戦争も原発もない「別品」の国がいいし、この国にはそれだけの社会的・文化的資産もある。 ・・・

そうですよね。あれだけ戦争や原爆や原発でひどい目、怖ろしい目に遭った日本なのだから、「なぜできないの? なぜやらないの?」とシンプルな頭の小生などは思ってしまうのですが・・・。 いずれにしても、こういう人を喪うのは大変残念なことです。合掌。

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