「アメリカン・ドリーマー 理想の代償」:’81年NYと現実の苦さ
映画『アメリカン・ドリーマー 理想の代償』は、やけに堂々とした「本格」を感じさせるドラマ。苦み走っています。やはり『ゴッドファーザー』をはじめとした’70年代アメリカ映画を連想させるのですが、それよりももっとさかのぼった’50年代あたりの諸作の匂いも漂わせています。
何と言っても、主役のオスカー・アイザックのオールバックが『ゴッドファーザー』のマイケル=アル・パチーノを連想させます。そうすると、ジェシカ・チャスティン=ダイアン・キートンでしょうか(ヤクザの娘って設定だから、もっとダーティーですが)。 また、地下鉄を使った追跡劇、特に高架下でのカーチェイスは当然『フレンチ・コネクション』の記憶と重なります。このチェイスが途中から真っ暗なトンネル内に入ってしまい、向こうから電車がやってくるんじゃないかと凄い緊張度のサスペンスになっているのですよね。
1981年のニューヨークが舞台ですが、時代再現にはかなり力を入れています。ラクガキだらけの地下鉄、’70年代の香りを残しつつ次の時代を反映したファッション、黄色っぽいトーンで撮影されたビル群や橋・・・。 そしてその「絵」には、’50年代アメリカ映画の感覚が滲んでいるのです。 そういえばこの監督(J・C・チャンダー)の前作『オール・イズ・ロスト 最後の手紙』にも、そういう感覚がありましたっけ。
(以降少々ネタバレあり) 理想と現実との相克のドラマですが、理想を夢見る「アメリカン・ドリーム」≒正義 の敗北を描いていますので、苦い後味です。その上、描写がなんとも微妙かつ複雑なニュアンスなので、ストレートな悲劇としての強さ(ギリシア悲劇や『ゴッドファーザー』のような)を持ち得ていません。そこが難点です。あとやはりオスカー・アイザックでは、本作を支えるには弱すぎたと思います。どうしても「若い頃のアル・パチーノだったら・・・」と、脳内で比較してしまうのであります。
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