「モリのいる場所」:観察の人を観察する映画
映画『モリのいる場所』は、画家の熊谷守一(モリ)の晩年の様子をフィクションとして描いています。伝記映画ではなく、あくまでも「こんな(おかしな)人がいました」っていうスタンスです。自身が熊谷守一のファンだという山崎努がしっかりと取り組んでいるので、このキャラクター造形に関しては、面白くて無敵です。見飽きることがありません。
ただ映画の中では、モリが見飽きることなくアリやカマキリや尺取虫やメダカなどをじっくりと観察しています。「アリは2番目の脚から動き始める」と言ってるぐらいですから、真剣な観察の果てに、私たちが見えない世界を見ていたのでしょう。たぶん。これだけ細かい観察をしていた人が、あんなにシンプルな絵を描くってのも、面白いことですね。
画家の映画だというのに、絵は冒頭の餅の絵1点しか出て来ないってのも、面白いところ。あくまでもモリという変なじいさん(プラス時々ばあさん)を描くことが、本作で沖田修一監督がやりたかったことなのでしょうね。
ただ、沖田監督ってどの作品でも「そこそこ」の線で止まってしまって、完全な満足、満腹感にまでは至らないんです。本作もまさにそう。悪くないんだけど、軽いスケッチで終わってしまって、その先には突き抜けて行かないのです。まあそれが沖田監督の持ち味なんで、しょうがないのでしょうけどね。
(以降少々ネタバレあり) 篇中に出て来たドリフターズの「たらい」ネタに関しては、いくらなんでもやり過ぎでしょう。完全に浮いちゃってます(海外に持って行ったら、質問の嵐でありましょう)。だれか止める人はいなかったのでしょうか?
池谷のぶえが非常に良い芝居をしていたことも、付け加えておきましょう。
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