「寝ても覚めても」:恐るべき傑作
映画『寝ても覚めても』の衝撃度は、観る前は想像もできないものでした。東出昌大と(新人と言ってよい)唐田えりかという雰囲気の希薄な二人の主演だし、あの『ハッピーアワー』の濱口竜介監督だしってことで、しみじみ味わいのある作品にはなっても、こういう方向に行くとは思いもよりませんでした。っていうか、観ている間も作品の7~8割ぐらいが終わるまでは、まさかこう来るとは思いませんでした。今もなお胸にズシリと来ています。心にスクラッチが残る作品です。
(以降多少ネタバレあり) 作品の7~8割ぐらいの間も、いいんですよ。かなり素晴らしいです。『ハッピーアワー』のように延々と時間をかけて、登場人物たちがリアルに自分の知り合いみたいに思えて来る演出とは違って、正攻法の端正な演出です。ちょっとゆるゆるしてます。しかし、今回は1時間59分の作品。それでも上映時間の7~8割の時を経て築いてきた我々観客と登場人物たちとの暖かい関係性を暴力的に引き裂くような戦慄が待っているのです。そのあたりはまさにホラーです。『地獄の黙示録』でカーツ大佐が死ぬ時に“Horror・・・horror.”と口にしていたような、絶望的な恐怖。
我々の日常や常識を破壊するような恐怖・・・考えてみれば、朝子とスターになった麦が再開した場面での朝子の手の振り方、あれは何か異常でした。もの凄い不安をかき立てるような手の振り方。 そうか、彼女の虫も殺さぬようなおとなしい顔も、ゆるゆるしたテンポも、すべてこの暴走のための布石であったかあ。いやあ、凄い映画です。濱口監督、底知れない才能です。
唐田えりかは、新人女優豊作の本年においても、新人女優賞の最有力候補でしょう。そして、小生は山下リオが好きなのですが。本作では彼女も「自己ベスト」級の演技を見せておりましたし、魅力的でした。そのほかの役者もみな素晴らしく、ここにも濱口監督の力量を感じました。
今年のカンヌ映画祭のコンペティション部門に日本から出た二作品のうち、『万引き家族』もパルムドールにふさわしい秀作だと思いますが、大江戸はこの作品に軍配を上げます。人間は不可思議だということが、映画ならではの余白を伴って描かれておりました。
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