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2020年10月20日 (火)

「建築と時間と妹島和世」:映画として建築も人も生かせず   #建築と時間と妹島和世 #大阪芸術大学 #妹島和世 #ホンマタカシ

1_20201020213301 映画『建築と時間と妹島和世』は、妹島和世が携わった大阪芸大の「丘みたいな建物」が建つまでの日々を追った60分のドキュメンタリー。と言いましたが、普通想像できるような仕上がりにはなっておりません。

わかりやすく順序だてて建物が建つまでを描いてくれるわけでもない。建築家(妹島)から「ここはこういう意図で作った」云々というような解説もあまり具体的ではなく、映像を生かしていない(そういう話の時は、妹島を捉えたフィックス映像のみ)。建築に費やした年月の流れも映画的には描かれず、定点カメラで撮ったコマ落とし映像が目まぐるしく流れていくのみ。そもそも完成の瞬間さえ撮られていないし、完成した建物のディテールもほとんど映らない。などなどと、こういう映画を常識的に撮るのなら…というセオリーをことごとく外しているのです。だからといって、それが新機軸とか別の意図のために、ってわけでもなく、観てる側からすると、なぜこうしたのかほとんど意味不明な構成になっているのです。

あえて言えば、妹島和世の言葉や話し方、服装(コムデギャルソン好きなんですね)などから、人物を浮かび上がらせようとしたのでしょうが、それも成功したとは思えません。彼女が建設途中にチェックして回る場面を超ロングショットで延々と撮った場面などは、何が起きてるかわからないし、話の内容も不明だし、ただただ退屈しました。

まあ、監督・撮影のホンマタカシの興味に沿った映画なのでしょうね。彼の本業は写真家なので、写真の場合は興味の赴くままに撮っても、それはそれで面白いものになるのだと思います。でも映画は、ちょっと違うんですよねー。

この映画、製作は「大阪芸術大学」なのですが、完成作を観た時に担当者は頭を抱えてしまったのではないでしょうか? 自由な自由な芸術大学とは言っても、学校というのはけっこう守旧派なところがありますし、それなりのお金も使って、学内の期待もあったでしょうしね。いや、こんな心配が杞憂なら良いのですけれど…。

 

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