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2020年12月27日 (日)

「ミセス・ノイズィ」:一つの方向だけから見ることの危うさ   #ミセスノイズィ #天野千尋

1_20201227233101 映画『ミセス・ノイズィ』は、思った以上の出来。しかも、出来以上の問題提起を孕んだ現代の映画でした。

(以降少々ネタバレあり) ワイドショー的な題材に見えて、その実・・・というあたりが深い洞察によるもので、観客である私たちは「物事は一つの面からだけ見ていても、事実を見誤ることがある」という真実の重さを知って、ある意味厳粛な思いになるのです。そういった意味で、中盤以降のどんでん返しは映画的に見事でもあります。しかしそれはエンタテインメント性に寄与するのみならず、私たちの概念や常識をひっくり返す役割も果たしているのです。先入観を持つことの怖さを通して、観る者に反省を迫って来たりもするのです。

主人公の作家にも夫にも周囲の人物にも結構イラっと来てしまうところがあります。でも、それとても私たちはスクリーンを通して、その人物の一面だけを見ているわけなので、同じような罠にはまっているのですよね。そこらへんに関しては、意識的に自覚していく必要があるのでしょう。想像力を働かせないといけないのでしょう。

だからそれを敷衍していけば、「あの人は〇〇だ」「あの国は××だ」みたいなことも、口に出す前に「本当にそうなのだろうか?」と自問しなければいけないんでしょうね。難しいことではありますが、そういう意識だけは持っていたいと思います。なにしろマスコミやSNSが枝葉を取って簡略化して、都合の良いように作り上げた虚像しか私たちは知っていないのかも知れないのですから。そんなことを考えさせてくれる作品でありました。天野千尋監督(共同脚本も)、やりますね。

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