「スターダスト」:なんで無理して作っちゃったんだろう? #スターダスト #映画スターダスト #デイヴィッドボウイ #マークマロン
映画『スターダスト』は、1971年のデイヴィッド・ボウイ(主にアメリカでの売込みの日々)を描く作品。でもボウイ遺族からの了解が得られず、ボウイの音源は一切使われておりません。そこがどうしても弱みなんですよねー。なんで無理して作っちゃったんだろう?と身も蓋もないことを思った次第。
更には、何と言ってもかんと言ってもボウイ役のジョニー・フリンが「違うんだよなあ」って感じ。髪型、メイク、話し方などで似せようと努力してるのはわかるけど、らしかったのは衣装だけ。そもそもボウイを演じられる人なんていないわけですけど、せめて何らかの「美しさ」は欲しかったですねえ。ベクトルは違っていてもいいから。洗練やシャープさやカリスマ性がなくて、髭剃り跡は濃いという、がっかりな配役でした。なんで無理して作っちゃったんだろう?
冒頭は『2001年宇宙の旅』のスターゲイト・シークェンスのカバー・バージョンです。まあ、今はCGで楽に作れちゃうんですけど、これが作品内容にはほとんど関わりがなくて、まったく困ったもんです。 ラストはライブ。でもジョニー・フリンの歌ですから、なんだかなあですよね。虚しさが募ります。なんで無理して作っちゃったんだろう?
唯一良かったのは、レコード会社のパブリシスト役のマーク・マロン。この酸いも甘いも嚙み分けた感じが見事。全身で悲哀を表現しており、ほとんど助演男優賞ものだってぐらい良い味を出しておりました。
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