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2023年2月20日 (月)

「対峙」:舞台劇のような緊張の会話劇    #対峙 #映画対峙 #被害者と加害者の両親

1_20230220221001 映画『対峙』は、きょう日なかなかないタイトルの潔さ。1950年代、60年代の洋画みたいな邦題です(まあ、現代は“Mass”=ミサなんですけどね)。

全編のほとんどが4人の登場人物による会話劇。最初と最後にだけ出て来る3人を加えても、たった7人だけしか出てきません。場所も教会内の、ほぼ一室だけ。なので、これは舞台劇の映画化なんだろうなと思ったら、なんと映画オリジナルなのでした。わお。今どき、勇気ある企画ですね。まあ、低予算で撮れたのでしょうけれど。

それにしても、あまりの緊張感で観るのが辛い作品でした。二度と観たくはありません。被害者と加害者の両親だけ4人で会わせて対話させるなんて、ほんとにそんなことがあるのでしょうか? ピストルとかナイフとか隠し持ってたら、どうするつもりなんでしょうか? でもそんな直截的暴力以上に、精神的に辛いですよね。特に加害者の親の方が辛いだろうと、大江戸は思います。

きっと、西洋人は「言葉を交わして理解し合う」コミュニケーションの形をとても重視しているからなのでしょうね。何と言っても、(キリスト教は)「はじめに言葉があった」の世界観ですから。そこいくと、日本は言葉を信じていないというか、「口に出さずに察し合う」文化ですからねえ(そして傷つけ合わない文化)。

(以降ネタバレあり) 最後の「赦し」も実にキリスト教的です。この作品自体、「赦し」を巡る物語なのですが、その後に続くラストも含めて、なんかキリスト教映画祭出品作といった趣きでした。そのあたりだとか、あまりに舞台劇的なところだとかが、本作の弱点だと思います。むしろ舞台で観たかった感じなのです。

この作品を観た日は、本作の次にポール・バーホーヴェンの『ベネデッタ』を鑑賞しました。キリスト教映画の聖と俗というか、正と邪というか、…どこかで二本立てをやったら面白いと思うんですけどね(不信心かしらん?)。

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