福原義春さんのお別れの会 #福原義春お別れの会 #福原義春 #資生堂
本日は13時から帝国ホテル「孔雀の間」で行われた故・福原義春氏のお別れの会に行って来ました。いや、別に招待されたわけではないのですが、新聞の記事と黒枠広告にこの会のことが出た時にすぐ、大江戸は出席を決めたのです。なぜか? それは勝手に私淑しているから。大江戸が傾倒している指導者のツートップはイビチャ・オシムと福原さんなんです。十数年前にとあるパーティー会場で、福原さんが一人でいるのをお見かけしたことがありました。あの時、勇気を出して話しかけていれば…と、今になって悔やまれます。
この8月30日に92歳で逝去した福原義春さんは、資生堂のトップとして長らく実業界に君臨したのみならず、写真、蘭の栽培と撮影をはじめ、日本の文化の発展に寄与しました。読書家であり、企業メセナのリーダーでもあり、日本と海外の文化のかけ橋にもなり、多くの著書を世に出した才人でした。氏の言葉を借りれば、経営と文化の「複線人生」を生きた人でした。
大江戸も、『企業は文化のパトロンとなり得るか』『ぼくの複線人生』『美』をはじめ、数冊の著書を読んで、大いに感銘を受けたわけであります。稀有な企業人にして「文人」でした。今でこそ経営に美意識を求める動きがありますが、そんなことはとっくに福原さんがやっていたのです。そして、これからの日本には第二の福原さんが必要なのだと思います。
13時少し前に着いた会場はそんなに混んでおらず、すぐに入れました。大きく立派な花の祭壇。その花の色の、カラフルだけども上品で美的なセンスの良さ。さすがです。渡された蘭の花を手向けてご冥福を祈りました。
隣室には福原さんの生涯と業績をたどるパネルが、福原氏撮影による蘭の花の写真を拡大したパネルとともに展示され、ちょっとした展覧会のようになっていました。「文化はヒト・モノ・カネに次ぐ第4の経営資本」という考えを提唱したのも、役職の肩書を廃止して「さんづけ運動」を行ったのも、福原さんだったんですねえ。
隣接するスペースで飲食のおもてなしがありましたが、小生は遠慮しました。入口でお別れの会のリーフレットをいただきましたが、出口でいただいた袋に入っていたのは、福原義春さんの名著『美 「見えないものをみる』ということ』(PHP新書)の特装本(黒表紙)。蘭の写真を使ったオリジナルしおりもついていました。(香典等は固く辞退ということだったのに)こんなものまでいただいてしまい、恐縮です。以前に読んだことのある本ですが(その際の当ブログ記事はこちら ↓ )、再読させていただきます。
| 固定リンク
« 「エクソシスト 信じる者」:地味で普通で #エクソシスト信じる者 #エクソシスト #エレンバースティン | トップページ | 「私がやりました」:後半、ユペールが全部持ってく #私がやりました #フランソワオゾン #イザベルユペール »


コメント