2017年9月22日 (金)

「新感染 ファイナル・エクスプレス」:あれこれてんこ盛りの韓国風

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映画『新感染 ファイナル・エクスプレス』は、多くのアイディアを詰め込んで、新しい感覚に染まったゾンビ映画(だから「新感染」?)。まあ、韓国映画の場合アクションにしても何にしても、もう徹底的にやってくれます。お腹いっぱいになるエンタテインメントです。

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ゾンビの基本は守りながらも、新たなアイディアも入れてます。暗い所では動けないとか、ドアを開ける知力がないとか、目の前に見える物を襲うが見えなければ平気とか・・・。それらがいちいち物語の展開に効いてくるという、頭の良い脚本でもあります。 ただ、わざとなのか(サスペンスを盛り上げるために)主人公たちがうかつな事や不注意な事をやり過ぎです。命がけなんだから、もっと気をつけなきゃ。

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後半になるや、ある悪役の存在が大きな比重を占めていきます。韓国映画って、徹底的に悪く憎たらしい奴を出して、観る者の憤怒を煽るってことが多いですよね。今回のあいつも、本当に憎たらしい限りです。 その反対に愛すべき子供を出して、そこで涙を絞り取るってのも韓国映画のお家芸。まあ、色々と振れ幅大きいっす。

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主人公のパパさんは、やけに東出昌大っぽかったです。この自己中心的なエリートが改心するドラマも柱なのですが、この人よりずっと印象に残るのが、ガタイのいい怪力無双なサンファを演じるマ・ドンソク。まさに「漢と書いてオトコ」っていう奴です。こういう役者って、日本映画界にも欲しいですよねえ。

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2017年9月20日 (水)

「エイリアン コヴェナント」:1作目の恐怖はいずこ?

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映画『エイリアン コヴェナント』って、リドリー・スコットが手がけた正統派の前日譚の割には、なんか違うんですよねえ。まあ40年近くたっているわけなので、VFXの技術も違えば、観客のホラーやクリーチャーに対する「目」も違って当然なのですが、なんか『エイリアン』の本質であった「恐怖」ってもんが、抜け落ちちゃってる気がしてなりません。見えなくて、得体の知れない、理解不可能な恐怖がひたすら暴力的に襲ってくることの凄さが、ほとんど消えちゃっていると思います(いくら残酷な描写をしようとも)。

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それだからこそ第1作の凄さが、改めて認識されます。結局は同じことを変奏しているのだし、だったらむしろ数か月前に公開された『ライフ』の方が面白いんじゃね?って感じです。 終盤のマイケル・ファスベンダーがらみの場面なんて、静かでゆったりし過ぎていて、本作にとってマイナスでしかないような気がするのですが、監督にとっては「キモ」なんでしょうねえ。まあ確かにいつまでも40年前と同じことやってたら、それは進歩がないってことになっちゃうんでしょうし・・・。 それにしてもリドリー・スコットって結局、『エイリアン』に捧げた人生みたいになっちゃいましたよねえ。

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なんか「白エイリアン」(白あんみたいですね)が出て消て、それはそれでキモイんですけど、やっぱり「黒エイリアン」(黒あん)の不気味な怖さと強さは足りないですよねえ(体も小さいし)。

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1作目のシガーニー・ウィーバーから『プロメテウス』のノオミ・ラパスまで、このシリーズでは強い女性が体を張って大活躍して来ました。でも本作のキャサリン・ウォーターストンって、活躍も中途半端ならルックス的にもショートカットにした山瀬まみみたいで、もっさりしております。この顔も、緊張感を失わせる一因ではないでしょうか。

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2017年9月19日 (火)

「ドリーム」:先人の苦労を知るべし

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映画『ドリーム』を試写会で観ました。原題は“Hidden Figures”。数学に関わる物語なので、「隠された数字」という意味もありますが、「(華やかな宇宙計画の陰に)隠された人々」って意味とのダブル・ミーニングになっておりますね。 面白かったです。感動させてくれます。終映後には拍手が起きました。

『ムーンライト』がアカデミー作品賞を獲って、本作はノミネートだけでしたけど、あと10年、20年たった時にどちらが残っていくかが楽しみです。こちらは古典的で堂々たる映画らしい名作であり、『ムーンライト』は繊細な新しさですからねえ。

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とにかく2時間7分、ダレ場なし。実話をもとにしながら、見事なフィクションを構築しています。観る側は、安心して映画に身を任せながら、笑ったり怒ったり泣いたりすれば良いのです。新進のセオドア・モルフィ(監督・脚本・製作)さん、やりますね。そしてハリウッドって、常に自らの過去の恥部をさらすことに躊躇しないところが偉いと思います(日本の場合、なかなかそうはいかないですから)。

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それにしても、これだけの天才にしてからがここまでの苦労と屈辱にまみれねばならなかったのですから、いわんや普通の人々は・・・ですよね。有色人種用のトイレまでハーフ・マイル(約800m)って・・・! 1960年代の話です、これ。50年かそこらで、いや20年ぐらいで時代はガラリと変わってしまいましたからね。黒人の地位にしても、男女間の差別にしても。もちろん、今なおどちらの問題も、解決されない差別をたくさん残しています。でも、止まっている車は動き出すまでが大変な労力を必要とし、動き出すと後は滑らかに進んでいくものなのです。先人の苦労を知るべし、ですね。

あれだけの天才(たち)を戦力化しないってのは大きな損失だと、誰にだってわかりそうなものですが、なかなかそうはならなかったようですね。現在の目で見れば、「なんて愚かな」と思うことでも、リアルタイムでその流れの中にいると、わからないってことなんでしょうね。 でも少なくとも、「一歩引いた視点で、できるだけ客観的に物事を見てみる努力をしよう」とか「つとめて公平でニュートラルに、物事を判断しなくては」とか「変える勇気を持とう」とか思わせてくれる作品でありました。仕事をする人必見です!

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2017年9月18日 (月)

「奥田民生になりたいボーイと出会う男すべて狂わせるガール」:汚れつちまつた悲しみに

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映画『奥田民生になりたいボーイと出会う男すべて狂わせるガール』は、大根仁らしいポップで都会派の感覚に溢れたコメディー。そして、またもギョーカイものです。楽しいです。笑えます。よく出来てます。マンガが原作なのだそうですが、完全に大根ワールドにしちゃってます。この計算された軽薄さ、嫌いじゃありません。ってゆーか、好きです。

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原作は知らないけど、映画としては妻夫木聡と水原希子のキャスティングが見事にハマりました。妻夫木の情けなさ、ダメさ、でもその中にあるちょっとの真実みたいなもの。水原の「男を掌で転がす」小悪魔的な演技性と、でもこういう風にしか生きられないんだろうなあ、この人という感じ。まあ、彼女のようにしていたら、終盤のような事件が起きるのも当然と言えば当然でしょう。

359752_003(以降ネタバレあり) 終盤、4人の位置を結べば十字架になるように配置されたり、狂わせガールは「みんながそうして欲しいようにしただけ」だという空っぽの器ぶりを見せるなど、まるで『三度目の殺人』じゃないかと思ったら、いつも鋭い佐藤秀さんのブログでも同様の指摘をなさっていました↓

http://blog.livedoor.jp/y0780121/archives/50865384.html

まああの作品も、もしかしたら広瀬すずが狂わせガールだったのかもってところはありますからねえ。

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ラストのコーロキ(妻夫木)の涙は、あたかも「汚れつちまつた悲しみに」って感じで、大人にはちょっとしみるところがありました。実はここらが、大根仁の真骨頂なわけです。

エンドクレジットの映像は、着衣の妻夫木聡が東京湾を泳いでいるスローモーションです。これ、映画『コミック雑誌なんていらない』と同名の内田裕也(同映画主演)のアルバムのジャケット写真であり、同じ頃パルコのTVCMで使われた映像=着衣の内田裕也がNYのハドソン・リバーを泳いでいるスローモーション とまるで同じ感覚です※。大根さん流のオマージュなんでしょうね。まあ、確かに「俺にはコミック雑誌なんていらない 俺の周りはマンガだから(作詞:内田裕也)」ってな話ではありましたけどね、本作も。

※映画『コミック雑誌なんかいらない』の本編内には、泳ぐ内田のシーンはありません。

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2017年9月17日 (日)

「三度目の殺人」:挑戦的なモヤモヤ感

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映画『三度目の殺人』は、かなりの曲者。東宝の、福山雅治/役所広司・広瀬すず主演のメジャー作で、こんなのやっちゃっていいんでしょうかねえ。ってぐらい、観終わってモヤモヤする作品。あの件も、あっちの件も、謎の回収を行わず、観客に判断を委ねた形。普通の娯楽映画だと思って観ていると、面食らうはずです。小生はまあ「あー、是枝さん、チャレンジングだなあ」と思って観てましたけど・・・。

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主役三人に限らず、吉田鋼太郎や斉藤由貴、橋爪功、市川実日子らも含めて、役者たちの芝居合戦です。中でもやはり得体の知れない「空(うつ)ろな男」を演じる役所広司が、「引きの芝居」で只ならぬ空気を発散します。接見もの(?)ってことで、『羊たちの沈黙』のハンニバル・レクター博士をやや思わせたりもします。彼と福山の弁護士が接見室のガラスの両側から手のひらを合わせる場面は、あたかも牢の檻ごしにレクターとクラリスの指がからまる名場面を連想させるものでした。

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これ、是枝裕和監督のオリジナル脚本なのですが、さすがですよね。殺人事件の捜査を通して人間に迫るなどという、『飢餓海峡』とか『砂の器』みたいな、日本映画の衣鉢を継ぐ物語を構築しながら、実はそこから離れた独自の道を歩んでいます。ダイアローグもうまいし、いい台詞いっぱいありますよ。容疑者に接するうちに、自分というものが崩れていく福山の変化だとか、うまいですねえ。

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(以降ややネタバレあり) この映画、ヴェネチア映画祭では「黒澤明の『羅生門』の伝統を受け継ぐ」云々と言われたそうですが、確かに二転三転する「藪の中」感は、そうかも知れませんね。そして本当の真実なんてものは存在せず、それぞれの人がそう思いたい「真実」があるのみってあたり、なかなかオトナな映画です。 役所広司とガラスに映った福山の顔が二重写しになるという示唆に富んだ場面がありましたが、本作の斉藤由貴も現在巷を賑わせている不倫騒動とダブって見えて、何か妙な気分でありました。

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2017年9月13日 (水)

新富町・鈴木ビルからのGODZILLA

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新富町駅のそばにこんなレトロな建物があったんですねえ。

地味な場所とは言え、何度か前を通りかかっていたのに気がつかなかったとは、なんて節穴マナコだ!と我ながらあきれております。

下ばっかり見て歩いてたのかなあ。

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メインの建物の右にあるのは3階建ての小規模な建物。

看板部分に「岩瀬博美商店」と書いてあります。看板両脇のランプもいい感じです。

もう営業はしていないのかなあ。そもそも何の商店なのかなあ。

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そしてメインの4階建て+屋根裏部屋(ペントハウス?)の見事な建築こそは、かの「鈴木ビル」なのでありました。

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そう、よく雑誌の「銀座地区のレトロ建築」などの特集に出て来るビルが、実はこいつだったのです。

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昭和4(1929)年に建てられたようですね。

塗り替えたのでしょうけれど、いい茶色に輝いています。

出窓、丸窓、レリーフなどなど、素敵な意匠に溢れています。やり過ぎぐらいに、いろんなことやってます。

いやー、見飽きない、密度の濃い、素晴らしい建築です。

_20170913_221121 で、その2-3軒左にこんな平家が(「へいけ」じゃないよ、「ひらや」だよ)!

いや、平家も珍しいけど、この奇ッ怪なる樹木は何なのでありましょうや! 

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このガリガリギザギザのとんがり具合が何かに似てるなあと思ったのですが・・・、そう、アレでした。

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所替わって新宿副都心の住友三角ビルにワープして気がつきました。

ゴジラっぽいですよね、アレ。 似てるでしょ。

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よく見れば、「新宿観光特使 GODZILLA」と書いてあります。そうだったんですね?

しかもこのビジュアルは、11月17日公開のアニメーション映画『GODZILLA 怪獣惑星』ではありませんか。ま、過大な期待はしておりませんが、それなりに楽しみではあります。

そもそも、ゴジラよりもキングギドラっぽいという見方もあるのでしょうけれど・・・。

 

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2017年9月12日 (火)

「あさひなぐ」:笑える「青春なぎなた映画」

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映画『あさひなぐ』を試写会で観ました。

大江戸的には、ポスターの西野七瀬のメガネ姿に魅かれて心待ちにしていたのですが、まあメガネ姿に関しては可愛く見えるショットもあり、イケてないショットもありって感じでした。むしろその振れ幅の大きさが不思議で、ずーっと「何故だろう?」と考えていたのですが、答えは出ずじまい。いずれにせよ、本年度のBESTメガネっ娘賞は、『ひよっこ』の澄子(松本穂香)でキマリですからね。←なんのこっちゃ

でも面白かったです。しっかり笑えました。作品の作りとしては、典型的な「ポンコツ・チームが頑張って、奇跡的な勝利を勝ち取りましたー!」ってタイプ(『がんばれ!ベアーズ』型とも言います)なのですが、成功の理由があるのです。それは、①モチーフにしているスポーツの訓練と試合をきっちり描いていること、②特に苦しい訓練をしっかり描いて、成長の過程を明らかにしていること、③主人公の私的な悩みやトラブル(恋愛、家族、人間関係、死にそうな知り合いなど)などは持ち出さずに、あくまでも「なぎなた映画」を貫いたこと だと思います。特に③は日本映画がはまりやすいワナなのですが、本作では気持ちよく無視して、悩みやトラブルがあっても、それはなぎなたに関することなので、映画が停滞しません。なぎなた映画をみっちり堪能できました。スポーツに限らず、書道だって将棋だってピアノだって、そうあるべきなんですよ。それで失敗しちゃった代表例が『チア☆ダン』です。

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それにしても、なぎなたがこんなに剣道ライクなものとは知りませんでした。そして技の決め所が面、胴、小手に加えて脛(すね)まであるのには驚きました(脛用の防具があるのですね)けど、理に適っていますね。 ただ映画的には、面で顔が隠れてしまうので、誰が戦っているのかがよくわからないというネックを解消できていませんでした。稽古着の色や胴の色までも同じだったりしますからね。ここはもう少し工夫できたのではないでしょうか。

角替和枝さんもいい味出していたんですけれど、スパルタ尼さん役の女優さんが江口のりこさんだとエンドクレジットで気づいてびっくり! (坊主頭の特殊メイクのせいか)やけに顔が長くなっていたので、全然気づきませんでした。あと、白石麻衣は高校生に見えないですよー。

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2017年9月11日 (月)

「エル ELLE」:ハネケほどの毒はなくて・・・

359372_005映画『エル ELLE』は、久々のポール・バーホーヴェン監督作。でも現在79歳の人が作った映画だけに、以前ほどの「毒」は感じられませんでした。出てくる人たちはみんなゲスだし、描かれている物事もアブノーマルだったり不快だったりするのですが、あの胸につっかえるdisgustingな感覚はありませんでした。

広告にも、人々の感想にも、「衝撃」とか「強烈」とか「変態」とか書いてあるのですが、小生にはむしろ肩すかしでした。は?こんなもんですかい?って感じ。昔のバーホーヴェンは、もっと毒気が強かったし、ミヒャエル・ハネケの方が何倍も狂ってて変態です。

そう、イザベル・ユペールが主演でこの路線ってことは、当然ハネケの『ピアニスト』を思い出します。そして、『ピアニスト』の方が数段衝撃的で強烈で変態な映画なのです。なんか「覚悟が違う」感じがします。

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まあそれでもメジャーな娯楽作の枠内では、随分頑張った(?)と言えるでしょう。それもこれもイザベル・ユペールのおかげですよね。現在64歳だから、撮影時だって還暦を過ぎていたはずですが、49歳の役柄でしたし、まあ色々とあっぱれです。

ヘンな映画ではありますが、むしろコメディとして頭から観直してみるといいかもと思いました。もともと随所に笑いの要素はありましたし、それぞれのキャラクターがかなりコミカルですもんね。ウディ・アレンに頼んで、コメディとして全編吹き替えてもらいたい気がいたします。

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2017年9月 9日 (土)

「ダンケルク」:新たに「映画を発明」している凄さ

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映画『ダンケルク』が、ただただ凄かったです! 予告編を見て想像できる仕上がりの何倍ものクォリティで圧倒します。

ちなみに本作は65mmのフィルムで(デジタルではなく)撮影し、仕上げたのだそうですが、小生が観た丸の内ピカデリーでは、フィルム上映(35mm)でした。よりノーランの意図に近いのかと思っております。 でもそれよりも何よりも、できるだけ大きなスクリーンで(できれば見上げる感じに前の方の出来で)映画に入るように体感すべき作品です。これをそのうちスマホで見ようなんて考えてる人がいたら、それは別モノですからね。『ダンケルク』じゃなくて、『たんけるく』か何かですからね。

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それぐらいリアルに「戦場の中にいるように」感じさせてくれる映画だし、撮り方なのです。ほとんどサイレント映画に近いように(特に冒頭しばらく)、言葉に頼らない映像で、戦場の不安や恐怖を体感させてくれます。「戦場では、生きるも死ぬも運次第」なのだということを、つくづく実感できるのです。ここが凄い。

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そしてこの作品を観ていて思ったのは、クリストファー・ノーランが映画というものを新たに「再発明」したってこと。だって、これまで6,000本以上も映画を観て来たけど、こんなの観たことありませんよ。陸=1週間、海=1日、空=1時間の時間軸を交互に同時進行的ににミックスさせつつ描いたり、言葉に頼らず物語を語ったり、しかもそれをアート・フィルムのようなタッチで語る。それでいて、めっぽう新鮮でめっぽう面白いのです。これを離れ業とか偉業とか呼ばずして、何と言いましょう。うーん、『インターステラー』も凄いと思ったけど、ノーランどんどん手が付けられなくなって行きます。ほとんどキューブリックの域に達しました。何と言っても、この時代になって、改めて「映画を発明しようとしている」試み、それが凄いです。

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でもこの作品を観ていて「誰かの映画に似てるなあ」と感じて、はたと思い当たったのがテレンス・マリック。なるほど、戦争や人間を敵だ味方だを超越した巨(おお)きな視野で捉える姿勢と、思想を超えた研究者のような観察眼、そして大作でも自主映画のようなテイスト。似てますね。

ハンス・ジマーの音楽も、不安をあおり緊張を高めながら、映像の凄さを増幅させていく圧倒的な効果を上げています。凄いです。

普通の(ハリウッド的文法の)戦争映画を期待すると、「あれっ」となるかも知れません。違うんです、もっと「上等」なんです。新発明なんです。この凄さは今後、歴史が証明してくれることでしょう。

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2017年9月 8日 (金)

「ザ・ウォール」:90分1カ所勝負

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映画『ザ・ウォール』は、冒頭のタイトル“THE WALL”の下にアラビア文字が出ます。おそらくイラクの言葉で壁を意味するのでしょう。このタイトルが示唆するように、アメリカとイラクの兵士(イラク側は「市民」だと言ってますが)の対決を描いた映画です。そして、かなり静かな対決です(汚い兵士言葉でしゃべりまくってはおりますが)。まあ頭脳戦の部類です。

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大江戸がまず思ったのは、『眼下の敵』みたいな映画なのかな?ってこと。見えない敵との腹の探り合いや騙し合い、そこから生じる「敵ながらあっぱれ」的なリスペクト。 でも違いました。戦争自体がそんなのどかな時代のものではなくなっているようです。まあ他の映画みたいに、モニターの画面上だけで片が付く戦闘ではなく、かなり古典的な銃対銃の戦いなのですが、そこにあるのは憎しみと侮蔑と化かし合いだけ。『眼下の敵』に見られるスポーツマンシップは、期待できようはずもありません。

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上映時間90分のコンパクトな作品であり、映画内の時間進行が実際の時間の経過とイコールになっています。場所も一つ所ですし、これ舞台劇にしようと思えばできますね。低予算でもあります。その中でこれだけのサスペンスや頭脳戦を繰り広げた脚本と演出は、大いに評価すべきでしょう。

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(以降ネタバレあり) でもラストがいわゆるバッド・エンドでして、そこらがいかにも現代的ではあります。後味わりー。 全体的には面白い物語を作るための材料として戦争を使っている感じの作品なのですが、ラストの虚しさで突如反戦のメッセージを打ち出して、帳尻を合わせているように見えなくもありません。 まあ、でも面白い映画でしたよ。

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