2017年6月24日 (土)

「LOGAN ローガン」:今日的な西部劇

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映画『LOGAN ローガン』は、ウルヴァリン有終の美とも言える良作。大江戸が一番うれしかったのは、ローガンが老眼鏡をかけるシーンが何度もあること。数ヶ月前にこのタイトルを聞いた時から、頭の中では「老眼」と変換されていただけに、「日本のファンへのサービスですかい?」って感じに感銘を受けました(←なんだそりゃ?)。いや、そこらへんもウルヴァリンにとっての「白鳥の歌」にふさわしいってことで。

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大江戸はこれまで『X-MEN』シリーズは第1作、第2作を観て、あまりのつまらなさにその後観るのをやめてしまい、近年になって(おバカ怪作っぽかたので)『ウルヴァリン SAMURAI』だけは観ております。この『LOGAN ローガン』はやけに評判が良いので、観てみました。なるほど面白いし、古典的な映画らしい映画になっています。やはりVFXと派手なアクションやドンパチだけをひたすらつなげていく作品では今や食傷気味ですから、どうしても物語の展開やキャラクターの魅力と掘り下げが重要です。本作ではそこがきちんと出来ています。

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物語は平明過ぎるほどシンプルですが、娯楽映画にとってそれはむしろ強みです。キャラクターはウルヴァリンのみならず、少女ローラ(ダフネ・キーン)の存在が強力です。彼女の不機嫌フェイスから獰猛フェイス、クールなおすましフェイス、そして垣間見せる「おんなのこ」フェイスへの変化とか、素晴らしい身体能力とか、・・・大器の予感がします。この少女とR-15指定のヴァイオレンスとのギャップも、本作のインパクトであり魅力とも言えるでしょう。

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作中にフッテージが登場し、その台詞が重要なポイントとして使用される『シェーン』を持ち出すまでもなく、この映画には西部劇の匂いがぷんぷんします。シンプルな悪役、悪からの逃走、弱者を守ること(しかもわが身を捨てて何かを守ること)、人を殺めたら修羅道に堕ちる、犠牲の果てに次代が築かれる・・・などなど。しかし、そこで強調されるのはフロンティアの拡大などではなく、システムの側の利を守るための非常な囲い込みと弾圧です。そのあたりが、いかにも今日的な作品となっているのです。

マーヴェル作品なのに、エンドタイトル後のオマケ映像がありませんでした。それも含めて「孤高」な感じがいたしますよね。

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2017年6月21日 (水)

「残像」:アンジェイ・ワイダの力強い遺言

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映画『残像』は、昨年90歳で亡くなったアンジェイ・ワイダの遺作(2016年作品)。アンジェイ・ワイダなんて完全に歴史上の人物なのに(だって、『灰とダイヤモンド』ですよ。『地下水道』ですよ。)、現在まで映画を作っていたなんて驚きです。奇蹟です。そして、その作品が枯れてなくて、力強い秀作だってことにも驚きます。怒りと願いを込めた真摯なメッセージを、我々に遺してくれました。

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ポーランドの画家であり教育者であったストゥシェミンスキが主人公。大江戸は寡聞にしてこの芸術家を知りませんでしたが、フォーマリズムの人であり、当時の前衛だったようです。彼はただまっすぐに、自分のすべきことを全うしようとするだけなのに、政治と社会がそれを許さなくなっていき、変節しなかった彼が国家に弾圧され、ひねりつぶされてしまうという話です。ひどい話ですが、さほど遠くない昔に実際起きていたことです。

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国家が個人の自由を怖れ、許さない。システムが個人の善意などは押しつぶしてしまう。信念を曲げなければ、叩きつぶされる。今もなお、世界のどこにでもある話かも知れません。右でも左でも関係なく、権力を握った組織というものは、そのような自己防衛に傾くものなのでしょう。今の日本にだって、その兆しが見えます。そう考えると、ワイダの遺言はますます重い意味を持って訴えかけて来るのです。 

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オープニングの、そしてエンドクレジットのタイトルバックが、モダンアート調で素晴らしいです。そこがまたこの作品の主張にもなっているわけです。色彩と単純な形状の美しさ。 やはり、芸術を政治利用すること、権力が芸術の自由を弾圧すること、そして政治が個人の尊厳を踏みにじること、これらはとてつもなく野蛮なことなのです。

ケン・ローチの『わたしは、ダニエル・ブレイク』もそうですが、「これだけは言わねば」という平明でパワフルな魂のメッセージが、観る者を射抜く作品です。

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2017年6月20日 (火)

「山田孝之 3D」:もっと突き抜けないと・・・

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『山田孝之 3D』は、そりゃまー変な映画です。椅子に座った山田孝之にインタビューするだけの77分。まあ「だけ」と言っても、その周辺にはいろいろあるのですが--『左翼ボクサーのぼる』(漫☆画太郎)の実写版とか、過去の主点作品映像とか、鹿児島の生家跡地探訪とか。

共同監督という形にはなっていますが、山下敦弘がインタビューし、松井大悟が3D演出をしてるのでしょう、たぶん。まあ、二人ともフェイク・ドキュメンタリーはお手のものの方たちですからね。

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小生は『山田孝之のカンヌ映画祭』(テレビ東京)を楽しんで見ていたので、その最終回に出て来た情報でこの映画の存在を知りました。鹿児島の生家跡地探訪は、まさにあの作品の最終回とかぶるものでした。そもそもオープニングで口上を述べる芦田愛菜も、あの作品つながりで友情出演してるわけですし・・・。

ただ『カンヌ映画祭』の圧倒的なフェイクの面白さに較べると、本作はかなり退屈。そもそも山田孝之のファンでもないのに、延々山田の人生インタビューを聞かされるので、早々に飽きてしまいました。まあ基本的に山田孝之ファンでもないのにこの映画を観る人間って、相当少ないんでしょうけれど・・・。

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3Dは、立体視させることが目的ではなく、手前、やや奥、もっと奥といったレイヤーごとに情報を配置して、そのレイヤーごとの衝突効果を狙うという、キュビスム的なもの。そう、松江哲明監督が『フラッシュバックメモリーズ 3D』で採った方法論と似ています。

ラストの山田の一言で作品自体をひっくり返しちゃうようなところを狙ったのかも知れませんが、それはあまり効いてないなー。ってなわけで、結論としてはなんで劇場公開したの?って感じのファン・ムービーに留まってしまったのではないでしょうか? どうせやるなら、もっと狂って、もっとぶっ壊れて欲しかったところです。

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2017年6月18日 (日)

「おとなの恋の測り方」:小さいという個性

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映画『おとなの恋の測り方』は、まあほぼ予告編通り、想像通りの作品。「身長136㎝の小男のラブストーリー」という一言で言い得てしまいます。でも一言で語れる映画じゃないと当たらないなんて事も言われてますので、悪いことではありません。その場合、何を語るかではなく、どう語るかが問われることになります。

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あのデカそうなジャン・デュジャルダンが小男を演じるのがミソ。でも小さく見せるCGでは、そのまま縮小してるわけではなく、妙に頭が大きいプロポーション、つまり子供体型になっておりまして、きちんと工夫してるってわけです。そこらへんがカワイイので、(ベッキー演じる「木部さん」みたいな)メガネの秘書さんが「カワイイ♡」ってなっちゃうんでしょうね。

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でもCG以外の撮り方の工夫で小さく見せている所もたくさんあります。これひざまずいてるんだろうなあとか、これ相手を台に乗せてるよねってなシーンも多いのです。ただ、その時は頭と胴体のプロポーションが普通の大人だったりするので、他のシーンとの違和感がちょっと出てしまいます。

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作中に彼の背の低さを嘲笑する人たちが何人も出て来ます。日本人だとここまで言葉や態度に出さないのではないでしょうか? やっぱりフランス人って、露骨に差別しそうですもんねー(←偏見? その一方では移民の国でもあるのですが)。だからこそ、「障害は君の心の中にある」って言葉が一番印象的なのでした。主人公自身も、「個性」だと言っています。

そういえば、卓球の果し合いはどうなっちゃったんでしょうか?

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2017年6月17日 (土)

「パトリオット・デイ」:(娯楽)映画らしい映画

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映画『パトリオット・デイ』を日比谷のTOHOシネマズ・スカラ座で観たのですが、思えばこの春スカラ座で上映した『バーニング・オーシャン』もピーター・バーグ監督×マーク・ウォールバーグ主演×実際あった近年の事件モノでしたよね。そしてエンタテインメントとしてなかなか上出来ってあたりも、共通しています(ラストに実在の関係者の映像が使われていることもね)。

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でも、アクション描写がうまくないってことも共通していて、特に夜中の住宅地での銃撃戦などは、どういう位置関係で誰がどうなっているのかを的確に表現できていませんでした。 一方、序盤のボストン・マラソンにおけるテロ事件の描写は、「何がどうなってるのかよくわからない」ことを描けばよかったので、資質に合っていた(?)せいか、上出来でした。

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近年では珍しい「警察がヒーロー」ものであり、リアルな捜査の過程を追っていくことがえらく面白いエンタテインメントになっているという、「(娯楽)映画らしい映画」でもあります。ただ、犯人の側の人となりや思想があまり描かれていないと思うのですけど、まあ、それはしょうがないところかも知れませんね。

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役者陣では、ジョン・グッドマン(痩せましたね)がクールでカッコイイ役だったり、J.K.シモンズがおいしい所持ってちゃうような役でしたが、ニヒルなFBIのケヴィン・ベーコンが良かったですねえ。ウォールバーグやミシェル・モナハンも含めて、「役者を見る映画」でもありました。そんな所も、昔ながらの「(娯楽)映画らしい映画」だと思うのです。

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2017年6月16日 (金)

「ラプチャー 破裂」:もっとバカやってよ!

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映画『ラプチャー 破裂』は、あの風変わりな『セクレタリー』や『毛皮のエロス ダイアン・アーバス 幻想のポートレイト』を撮ったスティーヴン・シャインバーグ監督が手がけるこんな題材ってことで期待したのですが、いやー、「浅草の大イタチ」タイプの映画でした。見事に肩すかしされちゃいました。つまんなかったなー。

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(以降少々ネタバレあり) 監禁されちゃってひどい目に遭わされる映画ってことで、あの『マーターズ』的な展開か?と思ったのですが、後半になって話は全く別の方向に転がって行きます。作品のトーンからすると、まさかの方向です。しかもそっちへ行くことによって、面白さが減退してしまうのです。いったいどういうつもりなんでしょう?

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もっと荒唐無稽なトンデモ映画を期待していたのですが(いや、まあ確かに荒唐無稽なトンデモ映画ではあるのですけど)、なんだか物足りませんねえ。もうツッコミ所だらけ、穴だらけのザル脚本なのですが、どうせそうならもっとバカやってくれよ!というこちらの思いとは裏腹に、変にマジメなのです。クライマックス的なものが、「え?これだけですかい??」って感じにショボいのも致命的ですよね。そもそも、(クローネンバーグの『スキャナーズ』みたいには)「破裂」しないんだもん。

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しかもテンポがのろいのろい。最初の蜘蛛攻めが始まるまで45分ぐらいかかるんだもん。1時間あれば十分な内容でした。

ノオミ・ラパス、よくこんな映画に出たもんです。それを言えばニコール・キッドマンだって、よく『毛皮のエロス』に出たもんだと思いますけど。 いずれにせよ、「嫌いなものは何だ?」と訊かれたら、「まんじゅうこわい」とか言う癖をつけといた方がよろしいようで・・・。

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2017年6月15日 (木)

「20センチュリー・ウーマン」:リベラルであけすけでしみじみ

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映画『20センチュリー・ウーマン』は、原題だと“20th Century Women”。3人の女性が描かれ、「ウィミン」と複数形になっているところがミソなのですが、邦題だと「ウーマン」になっちゃってますね。ま、しょうがないか。

女性たちの物語であり、母と息子の物語であり、男の子の物語でもあります。でも一番の中心はおっかさん(アネット・ベニング)です。

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時代は1979年。登場人物たちには、ヒッピーからの余韻が残留しているというか、自由でリベラルな方々です。そんな中で、パンクとニューウェイヴの争いがあるとか、フェミニズム思想の本があれこれ出て来るとか、いやー、時代色たっぷりです。もう’80年代ってのは、十分に「時代劇」なんですね。当たり前? 個人的には映画『コヤニスカッティ』の一場面が出て来たのが、ツボでした。

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ものすごくあけすけなセックス・ネタがいろいろあったり、「あー、家族って面倒臭いなあ」「疑似家族も面倒臭いなあ」と思わせたりもするのですけれど、最終的には結構しみじみさせます。そこがお値打ち。(以降ややネタバレあり) ラスト・カットの飛行機の運転席にいるおっかさんの絵なんて、妙にしみじみしちゃいました。

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エル・ファニングはもう堂々たるものですね。本作でも(『ネオン・デーモン』や『夜に生きる』ほどではないものの)印象的でした。今年上半期は「エルちゃん祭り」でしたね。 またエルとは対照的な個性のグレタ・ガーウィグも、実に良いのです。そしてアネット・ベニングの素晴らしさは、申すまでもありません。 男2人も含めて、「アンサンブル演技賞」を進呈したい感じなのであります。

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2017年6月12日 (月)

「マンチェスター・バイ・ザ・シー」:心に染み入る傑作

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映画『マンチェスター・バイ・ザ・シー』は、1970~80年代前半の映画のような雰囲気を湛えた作品。地味でありながら、ある意味衝撃的でもあり、心に染み入る傑作です。

寒い風景の(イギリスではなくアメリカ東海岸の)マンチェスター・バイ・ザ・シー(という町)で繰り広げられる人間の関係性をめぐるドラマであり、喪失と再生の予感みたいな物語でもあります。

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数多くの回想シーンを経て後半にようやく明かされる「事件」がかなりの衝撃度で、それは確かに関わった人間の心を壊すに足るものだよなあと納得できます。ここに至って、少しずつ見えて来た本作の全体像が理解できるようになる&各キャラクターの言動についても理解できるようになるのです。その映画作りの、脚本の巧さが抜群です。

全体の構成もそのように見事ですし、場面場面の描写も達者なら、撮影、音楽なども質の高い仕事をしていて、もちろん役者も素晴らしくて・・・と、映画のレベルが高359226_002いのです。3作目の映画、また日本公開作としては1本目だというケネス・ロナーガン監督の堂々たる才能に注目したいと思います。

映画的に映像で語ることがきちんと出来ています。いや、それ以上のものを心象風景的に表現していたりもします。寒そうな景色だとか、雁行する海鳥とかが、見事に効いているのです。

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オスカーを手にしたケイシー・アフレックも確かに只ならぬ説得力だと思いますが、短い出演時間ながら小生が感銘を受けたのは、主人公の元妻役のミシェル・ウィリアムズ。偶然再会した二人が屋外で話すシーン(まさに名場面!)での彼女の感情の揺れ動き演技の破壊力は、ただただ凄いです。こちらの感情もわしづかみにされて揺さぶられてしまいます。

微かに、さりげなく、ちょっとだけの希望の光を見せるようなラストのつつましさが、また素敵なのです。「上質な大人の映画」ってこうだよねって感じでした。

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2017年6月10日 (土)

「花戦さ」:忖度好きジャイアンvs.ダイバーシティ

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映画『花戦さ』は、池坊監修・三千家(表/裏・武者小路)監修による団体動員映画。エンド・クレジットの池坊関係者名を見るにつけ、特別鑑賞券の流れが手に取るように想像できます。ま、東映のお家芸の一つですね。 でも、作品自体はなかなか良く出来ておりました。

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職人芸的に与えられた材料で良質のものをこしらえる篠原哲雄監督ですが、今回は特にその「楷書」感覚が生かされております。でもクソ真面目ではなくて、結構ユーモアを基調としております。そして、テーマは非常に今日的です。だって、強力な権力者はその周りの人々の「忖度」がお好き、って話ですし、「みんな違ってみんないい」という、金子みすゞ的ダイバーシティの話でもあるのですから。

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市川猿之助が憎らし気に演じる豊臣秀吉は、基本的にジャイアンなので、周囲の人が自分を畏れたり尊敬しないのが異常に大嫌い。ここらへんの構図ってサラリーマン社会に通じるよなあと、いつも思ってます。自分への忖度が成されないと、許さないのです。 そして、そんな秀吉に盾突いた池坊専好が(もともとは利休が)説くのが、黒には黒の金には金の赤には赤の良さがあるとする「diversity」思想なのです。 更に言えば、秀吉をサルといった子供や風刺的な狂歌を詠んだ者がひっ捕らえられたりするあたりは、共謀罪法案を連想せざるを得ませんよね。

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そんな本作で重要な位置を占める千利休ですが、この佐藤浩市ほど(過去の映画に出て来た幾多の利休役と較べても)違和感のある利休はかつてありませんでした。利休の持つ関西の商家出の「やわらかさ」が決定的にないのです。あとは、風雅さとか知性とか品格とかも見えなくて・・・。いや、利休ご本人に会ったことはありませんが、小生のイメージの中の利休さんとあまりにも違い過ぎるのです。確かに親子二代の利休役という話題性は興味深いのですが、でもこれは明らかに稀代のミスキャストです。佐藤の個性だと、どうしても茶人ではなく武人にしか見えないのです。

紅一点の森川葵は、そのはかなげな表情が往年の裕木奈江のようでありました。

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2017年6月 6日 (火)

「夜に生きる」:コクとキレがある

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映画『夜に生きる』は、ベン・アフレック脚本&監督&主演による’20年代ギャング映画。本当にベンは、コクのある映画らしい映画を撮りますね。映像的には、『ゴッドファーザー』を思わせるような光と影と質感。ぶかぶかスーツに代表されるような衣装の時代再現もあれば、クラシックカーによるカーチェイスや銃撃戦の描き方のクォリティの高さもあって、まさにすべてのパートが上質な作品となっています。描写にキレがあるのです。

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役者たちも上質で、主演のベン・アフレックをはじめ、皆(演技的に)スキがありません。特に父娘を演じたクリス・クーパーとエル・ファニングが、助演賞ものの見事さ。エルは今、輝いています。後半のカリスマ聖女的なオーラの発散は、驚くべきもの。そこに童女のイノセンスも残っているあたり、無敵です。

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またイタリア・ギャングのボスもアイリッシュ・ギャングのボスも、その世界の人の怖さをものの見事に表現していて、ハンパなくコワかったっす。そこらの説得力が違うので、銃撃戦の迫力もハンパないのです。

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多くの人がクリント・イーストウッドの後継者と目しているベン・アフレック。確かにムービーメイカーとしての手腕は、あの方に並ぶものかも知れません。しかもベンにはまだこれからの「伸びしろ」がありますからね。「コクとキレ」を更に磨きながら、更なる地平に進んでもらいたいものです。

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